2008年07月04日

[MAD削除] これは「創意」じゃないよねぇ

下のエントリーの続き。

ニコニコ大百科のMADの項目からの孫引きなので裏取ってませんが、ごもっともな話だったので。



山本弘氏の「MADについて」5か条

ニコニコ動画中毒の小説家・山本弘氏は、『トンデモ音楽の世界』(2008年、小学館)にて現代のMADについてこう語っている。

1.MADや同人誌などの二次創作は、創作者が想像力を働かせて元の作品を別の形にこねあげた、新たな作品であり、いわゆる「盗作」とは異なる
2.MADは削除しすぎるとファンの反感を買う
3.MADは原作の売り上げに貢献している(下のニコニコ市場を見れば明らかである)
4.つまり、MADのような二次創作はある程度黙認するほうが賢いやり方である
5.同人誌業界から多くの漫画家が生まれてきたように、MAD業界からもいい映像クリエイターが生まれてくると思われる



太字は私。「ある程度」と「黙認」がキーなんだけどね。何故「黙認」かを話し出すと長くなるから今回は置いておくとして、じゃあ、「ある程度」の線引きを考える上で大事なのはやっぱり「創意」なんでしょうね。

ごく簡単な話で、権利ものの映像を「素材」としてそこに大きな手間と時間と愛情を注いで、新しい付加価値が生まれているもの、そんなのは誰だって「会社としてはいろいろあるが・・・」という前提つきでも認めてあげたいと思うだろうし。それに対して、著作権無視した「好きな歌」をBGMにして既存のカットをつなげてPV風に仕上げただけのものを「創作」とは認めづらい。カットの選別、編集技術の手間を馬鹿にしているわけではないけど、それは「素材」の力に頼った割合が大きすぎる。

たとえばね。ちょこちょこって検索して流し見しただけだけど







いや、うん、アニメファンってオープニングとか好きだし、自分の好きな映像を自分の好きな歌にあわせて流したら、楽しいよね。でも、これは権利者からしたら認められないよ。音も絵もダブルで違反だし。

対して、同じような方向性でも、ここまでやれば確かに「創作」だろうし、個人的にはなんとか権利者たちも認めてあげられないんだろうか、とも思う。(最後のやつは公式になったって本当? 角川が認めても、音のほうはどうすんの?)







旧来のMADの系譜であるお笑い系のパロディや、編集ではなく既存のキャラを使って自分で書いたものとかも、つきつめるなら別の話になるだろう。それらをすべて「MAD」でくくるのは乱暴ではある。

しかし、もし「すべてを認めるか」「認めないか」の選択を権利者に迫れば、そりゃ「認めない」に決まっている。やはりニコニコ動画はちょっとやりすぎた。ここらで一度リセットする、ユーザの暴走に待ったをかける為にも、思い切った削除は必要だろう。

個人的には、それを経ても尚「こういうMADを作りたい」と息吹く衝動が「創意」であろうし、権利者も黙認したくなるようなものを作るんだ、という方向に倒れてくれれば、とりあえず現時点では健全な結果かなぁ、と期待しております。権利者もできれば黙認したいと思うんだよ。きっちり線を引くのは大変だし、やればほとんど認められないほうに傾くに決まってるから。

先に調子に乗ってグレーゾーンをブッチしたのはユーザ側だよね。仁義は守ろう。好きだけじゃ許されないこともあるんだよね。
posted by VOT at 09:11| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニコ動とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。